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	<title>悠石ニュース</title>
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	<description>悠石ニュース</description>
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		<title>カーネーション</title>
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		<pubDate>Sun, 13 May 2012 09:04:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[今日は母の日。 お母様のお墓にお参りをされる方もおられるかと思います。 亡くなられたお母様には「白いカーネーション」を贈るのだと、子供のころに聞いたことがあります。その理由を調べてみました。 南北戦争直後アメリカの女性参政権運動家が、「夫や子供をこれ以上戦争に行かせない」ための運動を始め「母の仕事の日」と命名し普及活動を始めたのですが、あまり定着しなかったのだそうです。 その運動家が亡くなってから２年後、その娘が亡き母を偲び、その日に教会で記念の会を催し、白いカーネーションを贈ったそうなのです。 人々は、娘の「母への想い」をこめたその行動を見て感動し、母親を覚える日の大切さを認識したのだそうです。 そこで、翌年の同じ時期にその教会でみんなで「母の日」を祝う会を開き、その娘は参加者に白いカーネーションをプレゼントしたのだそうです。 それで「母の日」のシンボルは「白いカーネーション」ということになったそうです。 なお、この運動が広まりアメリカの記念日になった時以降、ご健在なお母さんには赤いカーネーションを贈るという区別がつけられるようになったのだそうです。 今はその習慣を知っている方も少なくなっているようで、カーネーション以外のものも多くなっています。お母様が好きなものを贈ってあげるのが一番喜ばれるのではないでしょうか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日は母の日。<br />
お母様のお墓にお参りをされる方もおられるかと思います。</p>
<p>亡くなられたお母様には「白いカーネーション」を贈るのだと、子供のころに聞いたことがあります。その理由を調べてみました。</p>
<p>南北戦争直後アメリカの女性参政権運動家が、「夫や子供をこれ以上戦争に行かせない」ための運動を始め「母の仕事の日」と命名し普及活動を始めたのですが、あまり定着しなかったのだそうです。<br />
その運動家が亡くなってから２年後、その娘が亡き母を偲び、その日に教会で記念の会を催し、白いカーネーションを贈ったそうなのです。<br />
人々は、娘の「母への想い」をこめたその行動を見て感動し、母親を覚える日の大切さを認識したのだそうです。<br />
そこで、翌年の同じ時期にその教会でみんなで「母の日」を祝う会を開き、その娘は参加者に白いカーネーションをプレゼントしたのだそうです。<br />
それで「母の日」のシンボルは「白いカーネーション」ということになったそうです。<br />
なお、この運動が広まりアメリカの記念日になった時以降、ご健在なお母さんには赤いカーネーションを贈るという区別がつけられるようになったのだそうです。</p>
<p>今はその習慣を知っている方も少なくなっているようで、カーネーション以外のものも多くなっています。お母様が好きなものを贈ってあげるのが一番喜ばれるのではないでしょうか。</p>
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		<title>家族で一緒に</title>
		<link>http://yuuseki.co.jp/news/2012/05/06/%e5%ae%b6%e6%97%8f%e3%81%a7%e4%b8%80%e7%b7%92%e3%81%ab/</link>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2012 04:49:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://yuuseki.co.jp/news/?p=398</guid>
		<description><![CDATA[昨日の日経新聞「プラスワン」特集記事にこんなことが載っていました。 親子のふるまいで「いいな」と思うもの、 「どうかな？」と思うもの のランキングでした。 日経新聞プラスワン24/5/5記事 「いいな」と思うものの１位～５位までは、すべて親子で一緒に何かをするものです。 こういった風景はほほえましく見えますし、家族の絆が深まるようにも思えます。 そのなかで「お墓参り」が３位になっているのは、私たちとしてはうれしい限りです。 「お墓参り」を大事に考えてくれている方がたくさんいるのだなと思えました。 ※この集計は、20代・30代・40代・50代・60歳以上の各世代から200人づつ、男女比も同数のアンケートということなので偏りもありません。 「お墓参り」にお子様を連れて行ってあげてください。 そのお子様は、きっと「お墓参り」のよき後継者になってくれると思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昨日の日経新聞「プラスワン」特集記事にこんなことが載っていました。</p>
<p>親子のふるまいで「いいな」と思うもの、<br />
「どうかな？」と思うもの<br />
のランキングでした。</p>
<p><a href="http://yuuseki.co.jp/news/wp-content/uploads/2012/05/img-506132645.pdf">日経新聞プラスワン24/5/5記事</a></p>
<p>「いいな」と思うものの１位～５位までは、すべて親子で一緒に何かをするものです。<br />
こういった風景はほほえましく見えますし、家族の絆が深まるようにも思えます。</p>
<p>そのなかで「お墓参り」が３位になっているのは、私たちとしてはうれしい限りです。<br />
「お墓参り」を大事に考えてくれている方がたくさんいるのだなと思えました。<br />
※この集計は、20代・30代・40代・50代・60歳以上の各世代から200人づつ、男女比も同数のアンケートということなので偏りもありません。</p>
<p>「お墓参り」にお子様を連れて行ってあげてください。<br />
そのお子様は、きっと「お墓参り」のよき後継者になってくれると思います。</p>
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		<title>魚屋　奥八兵衛</title>
		<link>http://yuuseki.co.jp/news/2012/04/27/%e5%a4%a9%e7%9a%87%e9%99%9b%e4%b8%8b%e3%81%ae%e7%81%ab%e8%91%ac%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/</link>
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		<pubDate>Thu, 26 Apr 2012 23:12:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://yuuseki.co.jp/news/?p=392</guid>
		<description><![CDATA[ニュースにて知りました。 天皇陛下がご自身の葬送について、極力国民生活に影響の少ない葬送にすることを望まれ、火葬を希望されておられるそうです。 初めて知ったのですが、天皇陛下は土葬だったのですね。 それも、１６５４年の第１１０代・後光明天皇からはじまっているそうです。 なぜ後光明天皇から土葬なのかというのを調べてみました。 その当時天皇家に魚を納めていた魚屋「奥八兵衛」という者がいて、 ちょっとしたことから、後光明天皇のお気に入りになり、よい話し相手だったのだそうです。 その話の中で、天皇は八兵衛に「火葬などは不仁なこと」と葬送に対するご自身の想いを語っていたそうです。 後光明天皇が崩御された時、慣例により「火葬」となることを伝え聞いた八兵衛が、宮中の者を訪ね「火葬は天皇の考えにもとる」と説明してまわり、土葬にするよう落涙してまでお願いしたそうです。その話に動かされた宮中が朝議で「土葬」を決定したそうで、それ以降は今に至るまで土葬が続いているということです。 庶民の者の手によって、今に至るまでの天皇家の儀式に影響を及ぼしていたことがあったなんて、全く知りませんでした。 すごい人がいたものです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ニュースにて知りました。<br />
天皇陛下がご自身の葬送について、極力国民生活に影響の少ない葬送にすることを望まれ、火葬を希望されておられるそうです。</p>
<p>初めて知ったのですが、天皇陛下は土葬だったのですね。<br />
それも、１６５４年の第１１０代・後光明天皇からはじまっているそうです。<br />
なぜ後光明天皇から土葬なのかというのを調べてみました。</p>
<p>その当時天皇家に魚を納めていた魚屋「奥八兵衛」という者がいて、<br />
ちょっとしたことから、後光明天皇のお気に入りになり、よい話し相手だったのだそうです。<br />
その話の中で、天皇は八兵衛に「火葬などは不仁なこと」と葬送に対するご自身の想いを語っていたそうです。</p>
<p>後光明天皇が崩御された時、慣例により「火葬」となることを伝え聞いた八兵衛が、宮中の者を訪ね「火葬は天皇の考えにもとる」と説明してまわり、土葬にするよう落涙してまでお願いしたそうです。その話に動かされた宮中が朝議で「土葬」を決定したそうで、それ以降は今に至るまで土葬が続いているということです。</p>
<p>庶民の者の手によって、今に至るまでの天皇家の儀式に影響を及ぼしていたことがあったなんて、全く知りませんでした。<br />
すごい人がいたものです。</p>
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		<title>「学問の神様」のお墓</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Apr 2012 05:09:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://yuuseki.co.jp/news/?p=387</guid>
		<description><![CDATA[菅原道真は９世紀の文人・学者・政治家です。 宇多天皇・醍醐天皇に重用された優れた人でした。 政変で左遷され失意のうちに亡くなりましたが、死後３０年間に天皇家や政治家にさまざまな厄事が続いたため、道真の祟りだと恐れられました。 そして京都に「北野天満宮」が設けられ怒りを鎮めようとしたのは有名な話です。 死後は天神様と言われ、天神信仰が全国に広まるきっかけとなりました。 今では、学問の神様として知られています。 その道真公のお墓はどこにあるかというと、失意のうちに亡くなったとされる福岡県にあるそうです（鹿児島など他説もあります）。 早い話が、あの有名な太宰府天満宮のことなのですが、お墓ができた経緯が不思議です。 亡くなった亡骸を運んでいる最中に、運んでいた牛が突然地に伏して動かなくなったのだそうです。 そこで、そこが道真公の御心なのだろうということで、そこにお墓を作ったのだそうです。 ２年後にそこに祀廟（神様として祀った社）が建てられ、さらに１４年後社殿が出来上がったのだそうですよ。 今で言うと霊柩車が突然動かなくなるようなものですかね・・・ もし本当にそうなったら、（その地に埋葬しようとは思わないまでも）「亡くなった方が何かを暗示しているのではないか」と思いますよね。 やはり、亡くなった方のためにも、生きている人のためにも、ねんごろに葬ってあげるべきですよね。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="unitTxt">
<p>菅原道真は９世紀の文人・学者・政治家です。<br />
宇多天皇・醍醐天皇に重用された優れた人でした。<br />
政変で左遷され失意のうちに亡くなりましたが、死後３０年間に天皇家や政治家にさまざまな厄事が続いたため、道真の祟りだと恐れられました。<br />
そして京都に「北野天満宮」が設けられ怒りを鎮めようとしたのは有名な話です。<br />
死後は天神様と言われ、天神信仰が全国に広まるきっかけとなりました。<br />
今では、学問の神様として知られています。</p>
<p>その道真公のお墓はどこにあるかというと、失意のうちに亡くなったとされる福岡県にあるそうです（鹿児島など他説もあります）。<br />
早い話が、あの有名な太宰府天満宮のことなのですが、お墓ができた経緯が不思議です。<br />
亡くなった亡骸を運んでいる最中に、運んでいた牛が突然地に伏して動かなくなったのだそうです。<br />
そこで、そこが道真公の御心なのだろうということで、そこにお墓を作ったのだそうです。<br />
２年後にそこに祀廟（神様として祀った社）が建てられ、さらに１４年後社殿が出来上がったのだそうですよ。</p>
<p>今で言うと霊柩車が突然動かなくなるようなものですかね・・・<br />
もし本当にそうなったら、（その地に埋葬しようとは思わないまでも）「亡くなった方が何かを暗示しているのではないか」と思いますよね。</p>
<p>やはり、亡くなった方のためにも、生きている人のためにも、ねんごろに葬ってあげるべきですよね。</p>
<p><!-- /.unitTxt --></p>
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		<title>パンチボール</title>
		<link>http://yuuseki.co.jp/news/2012/04/12/%e3%83%91%e3%83%b3%e3%83%81%e3%83%9c%e3%83%bc%e3%83%ab/</link>
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		<pubDate>Thu, 12 Apr 2012 11:33:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[ハワイのオアフ島にパンチボールという死火山があります。 （今は死火山とは言わないそうですが・・） 標高は150mで、山というより丘ですが、頂上に大きなクレーターがあります。 クレーターは４７万㎡（東京ドーム１０個分）あるそうです。 大きなクレーターが特徴で、その形がフルーツポンチ（パンチ）を入れるボウルに似ているため、「パンチボール」と言われているそうです。 そのクレーターは実は全面が「墓地」なのです。 もともと原住民たちがいけにえをする場所だったそうなのですが、今では「国立太平洋記念墓地」という立派な墓地になっています。 そこには戦争（第一次・二次大戦・朝鮮戦争・ベトナム戦争など）でなくなった３万の兵士が眠っているのだそうです。 兵士以外も葬られていて、今では全部で４万人がそこに眠っておられるそうです。 観光で訪れた方も、ここに来るとやはり厳粛な気持ちになるのだそうですよ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ハワイのオアフ島にパンチボールという死火山があります。<br />
（今は死火山とは言わないそうですが・・）<br />
標高は150mで、山というより丘ですが、頂上に大きなクレーターがあります。<br />
クレーターは４７万㎡（東京ドーム１０個分）あるそうです。<br />
大きなクレーターが特徴で、その形がフルーツポンチ（パンチ）を入れるボウルに似ているため、「パンチボール」と言われているそうです。</p>
<p>そのクレーターは実は全面が「墓地」なのです。<br />
もともと原住民たちがいけにえをする場所だったそうなのですが、今では「国立太平洋記念墓地」という立派な墓地になっています。<br />
そこには戦争（第一次・二次大戦・朝鮮戦争・ベトナム戦争など）でなくなった３万の兵士が眠っているのだそうです。<br />
兵士以外も葬られていて、今では全部で４万人がそこに眠っておられるそうです。</p>
<p>観光で訪れた方も、ここに来るとやはり厳粛な気持ちになるのだそうですよ。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>お墓参りの季節感</title>
		<link>http://yuuseki.co.jp/news/2012/04/09/%e3%81%8a%e5%a2%93%e5%8f%82%e3%82%8a%e3%81%ae%e5%ad%a3%e7%af%80%e6%84%9f/</link>
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		<pubDate>Mon, 09 Apr 2012 05:38:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://yuuseki.co.jp/news/?p=373</guid>
		<description><![CDATA[関東地方では、やっと春がきたようで桜がずいぶん咲いています。 みなさまの地域ではいかがですか？ まだ５分咲き・満開・場合によっては散っているところもあるのかもしれません。 そう思いながら、ふと、春彼岸に桜が咲いていたところはあったのだろうか？と思いました。 そこで調べてみたところ、宮崎地方気象台が宮崎で桜 （ソメイヨシノ）が開花したと発表したのが３月２４日だという記事を見つけました。 満開ではないにせよ、春彼岸に桜を見ることができたのは宮崎の方なのですね。 逆に東北地方などはまだまだこれからなので、春彼岸に桜を見るということはないのだろうなと思いました。ひょっとすると雪が降っていたところもあるのかもしれません。 同じ日本列島の春彼岸でも、お墓参りの風景はこのように地方地方で違うので、みなさまが思い描くお彼岸のお墓参りのイメージも一人一人微妙に違うということになりますね。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>関東地方では、やっと春がきたようで桜がずいぶん咲いています。<br />
みなさまの地域ではいかがですか？<br />
まだ５分咲き・満開・場合によっては散っているところもあるのかもしれません。<br />
そう思いながら、ふと、春彼岸に桜が咲いていたところはあったのだろうか？と思いました。</p>
<p>そこで調べてみたところ、宮崎地方気象台が宮崎で桜 （ソメイヨシノ）が開花したと発表したのが３月２４日だという記事を見つけました。<br />
満開ではないにせよ、春彼岸に桜を見ることができたのは宮崎の方なのですね。<br />
逆に東北地方などはまだまだこれからなので、春彼岸に桜を見るということはないのだろうなと思いました。ひょっとすると雪が降っていたところもあるのかもしれません。</p>
<p>同じ日本列島の春彼岸でも、お墓参りの風景はこのように地方地方で違うので、みなさまが思い描くお彼岸のお墓参りのイメージも一人一人微妙に違うということになりますね。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>スクーグシュルコゴーデン</title>
		<link>http://yuuseki.co.jp/news/2012/03/29/%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%bc%e3%82%b0%e3%82%b7%e3%83%a5%e3%83%ab%e3%82%b3%e3%82%b4%e3%83%bc%e3%83%87%e3%83%b3/</link>
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		<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 23:13:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://yuuseki.co.jp/news/?p=362</guid>
		<description><![CDATA[世界遺産にはたくさんお墓が登録されています。 エジプトのピラミッドやインドのタージマハールをはじめ、古代の古墳・遺跡にはお墓関連のものが数多くあります。 その中で少し毛色の変わった世界遺産があります。 お墓関連の世界遺産は、大抵が歴史的価値に重点をおいたもので、お墓そのものというより歴史的建造物であることでの価値を評価されていることが多いようです。 ところが、スェーデン・ストックホルム市の「スクーグシュルコゴーデン」は、実際に今でも使用されている「市民墓地」でありながら世界遺産に登録されているのです。このような世界遺産は珍しいのではないでしょうか？ この墓地の名前は「森の墓地」という意味で、大変広大な森の中にたくさんのお墓が点在しています。お墓の数はなんと１０万基以上！ 首都ストックホルムの中央駅から地下鉄でたった１５分、しかも駅から徒歩１分という大変便利な場所にあるということですから、さらに驚きです！ この森は、１９１５年に募集された「新しい墓地の設計コンペ」で応募された中で１位に選ばれた建築家たち（建築家２人が共同で応募したそうです）が設計し、作り上げたものなのだそうです。もともと砂利の採石場だったそうなのですが、そこに手をつけはじめて、最後に完成させた「森の火葬場」という施設ができるまで、実に２５年の歳月をかけて、つくりあげていったということです。 北欧の人は、「死者は森に還る」という死生観を持っているそうで、その死生観を見事に表現した墓地の傑作として、世界遺産に登録されたのだそうですよ。 墓地全体が芸術作品というわけです。 このような場所でお墓参りをすると、どんな気持ちになれるでしょうか？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>世界遺産にはたくさんお墓が登録されています。<br />
エジプトのピラミッドやインドのタージマハールをはじめ、古代の古墳・遺跡にはお墓関連のものが数多くあります。</p>
<p>その中で少し毛色の変わった世界遺産があります。</p>
<p>お墓関連の世界遺産は、大抵が歴史的価値に重点をおいたもので、お墓そのものというより歴史的建造物であることでの価値を評価されていることが多いようです。<br />
ところが、スェーデン・ストックホルム市の「スクーグシュルコゴーデン」は、実際に今でも使用されている「市民墓地」でありながら世界遺産に登録されているのです。このような世界遺産は珍しいのではないでしょうか？</p>
<p>この墓地の名前は「森の墓地」という意味で、大変広大な森の中にたくさんのお墓が点在しています。お墓の数はなんと１０万基以上！<br />
首都ストックホルムの中央駅から地下鉄でたった１５分、しかも駅から徒歩１分という大変便利な場所にあるということですから、さらに驚きです！</p>
<p>この森は、１９１５年に募集された「新しい墓地の設計コンペ」で応募された中で１位に選ばれた建築家たち（建築家２人が共同で応募したそうです）が設計し、作り上げたものなのだそうです。もともと砂利の採石場だったそうなのですが、そこに手をつけはじめて、最後に完成させた「森の火葬場」という施設ができるまで、実に２５年の歳月をかけて、つくりあげていったということです。</p>
<p>北欧の人は、「死者は森に還る」という死生観を持っているそうで、その死生観を見事に表現した墓地の傑作として、世界遺産に登録されたのだそうですよ。</p>
<p>墓地全体が芸術作品というわけです。</p>
<p>このような場所でお墓参りをすると、どんな気持ちになれるでしょうか？</p>
<p><a href="http://yuuseki.co.jp/news/wp-content/uploads/2012/03/3553177847_f4ac09904a2.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-365" src="http://yuuseki.co.jp/news/wp-content/uploads/2012/03/3553177847_f4ac09904a2-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" /></a><a href="http://yuuseki.co.jp/news/wp-content/uploads/2012/03/3553987876_3812bec82d1.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-366" src="http://yuuseki.co.jp/news/wp-content/uploads/2012/03/3553987876_3812bec82d1-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" /></a></p>
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		<title>節分の鬼</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Mar 2012 23:52:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[今日もお墓にまつわるむかしばなしをご紹介します。 ※少し季節が過ぎてしまいましたが、節分のお話です むかし、一人ぼっちのおじいさんがいました。 奥さんと子供には死に別れ、仕事もなくなってしまいました。 そんなわけで毎日ため息ばかりついておりましたので、「どうもあの人といると、こっちまで暗くなる」ということで、友達も逃げていき、とうとう一人ぽっちになってしまったのでした。 家族もなく、友達もなく、仕事もないおじいさんは、毎日毎日奥さんと子供のお墓参りをしておりました。 「こんなになって生きていても仕方ない。どうして先に逝ったんだ。早く迎えに来ておくれよ」 何時間もお墓の前でそんなことをひとりでぶつぶつつぶやくのが日課でした。 そして家に帰るとお酒です。毎日こういうお酒を飲んでいると体にもよくありません。 ある日のお墓参りの帰り、おじいさんはお酒をちびちび飲みながら家に向かっていました。 すると、あちこちから「鬼は外、福は内」と楽しそうな声が聞こえてきます。 「ああ、今日は節分だったか・・」 家族も友達もいないおじいさんは、季節の行事などすっかり忘れていました。 でも、ひとりぼっちのおじいさんは「ワシには関係ないことじゃ」とふてくされ、家に帰ってまたお酒を飲みます。 ところが、周りが楽しくしてる時は特に、ひとりでいることがこたえます。 おじいさんは（昔は、鬼のお面をかぶったり、家族みんなで豆まきをしたりして、にぎやかだったなあ）と思いました。 そんなおじいさんの耳に「鬼は外、福は内」という楽しそうな声がつき刺さってきます。家族でいるよろこびやあたたかさをみせつけるように・・・ 「鬼は外、福は内」 耳をふさいでも、お酒を飲んでも、その声が耳や心につき刺さってきます。 だんだんおじいさんは、腹が立ってきました。 そして、 「なにが、『鬼は外、福は内』だ！幸せそうにしやがって！こっちなんか、『鬼は内』だ。そうだ、どんどん来るがいい。鬼はー内、鬼はー内、鬼はー内！」 すると、家の扉が開いて 「お呼びになりましたか」 赤いのがひょっこり顔を出しました。 「お、お前はなんじゃ？」 「わたし、鬼です」 見ると、ツノがあって、肌が赤くて、シマシマパンツで、なるほど、たしかに鬼です。 「鬼が何の用だ」 「今日は節分ですから、どこへ行っても鬼は外鬼は外と追い出されて、困っていたんですよ。でも、いま、あなたが鬼は内とおっしゃったから、『これはありがたい』ということで、おたずねしたんですよ」 おじいさんは気を抜かれてこう言いました。 「ああ・・、それは大変でしたな・・。まあ上がってください。年寄りの一人暮らしでロクなものはありませんが。酒なんかも、もうちょっと用意があればよかったんだが…」 「酒ですか？酒なら、ありますよ。ちょっと待ってくださいな。おーい、お前たち」 鬼が外に呼びかけると、 「どうも」「お邪魔します」 青やら、黄色やら、緑やら、大きいのやら、小さいのやら、いろんな鬼がゾロゾロと入ってきました。 鬼たちはお酒や食べ物を山のように広げ、「さあ、今夜はここで楽しもう！」と宴会がはじまりました。 おじいさんのおちょこにもお酒が注がれます。 「さあ、めしあがってください。」 「やあ、どうもどうも。いや、こうやって誰かにお酌してもらうのも久しぶりのことです。にぎやかなのはいいものですな」 鬼たちはすぐに酔っ払い、歌ったり踊ったりしはじめました。 見ているおじいさんも、だんだん楽しくなって、誘われるまま一緒に踊りだしました。 「いいぞ！」「じいさん日本一！」 鬼たちの掛け声に、おじいさんはすっかりご機嫌になり、宴会は一晩じゅう盛り上がりました。 そして次の朝、鬼たちは来年の節分もまた来ると約束して帰っていきました。 その日もおじいさんは、奥さんと子供のお墓参りに行きました。 そしていつものようにお墓に向かって、つぶやきました。 でも、つぶやく言葉がいつもと違っていました。 「しばらくはがんばって生きてみることにしたよ。そっちに行くのはもうちょっと遅くなりそうじゃ。来年の節分も会おうって鬼たちと約束したからなあ」 お墓参りでは、お墓に向かって語りかけたりすることがあります。つらいこと、うれしいことなどを、相手が生きているかのように語りかけます。こうやって自分の心に整理をつけたり、気持ちを落ち着かせたりするのも、お墓参りの効果ですね。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日もお墓にまつわるむかしばなしをご紹介します。<br />
※少し季節が過ぎてしまいましたが、節分のお話です</p>
<p>むかし、一人ぼっちのおじいさんがいました。<br />
奥さんと子供には死に別れ、仕事もなくなってしまいました。<br />
そんなわけで毎日ため息ばかりついておりましたので、「どうもあの人といると、こっちまで暗くなる」ということで、友達も逃げていき、とうとう一人ぽっちになってしまったのでした。</p>
<p>家族もなく、友達もなく、仕事もないおじいさんは、毎日毎日奥さんと子供のお墓参りをしておりました。<br />
「こんなになって生きていても仕方ない。どうして先に逝ったんだ。早く迎えに来ておくれよ」<br />
何時間もお墓の前でそんなことをひとりでぶつぶつつぶやくのが日課でした。<br />
そして家に帰るとお酒です。毎日こういうお酒を飲んでいると体にもよくありません。</p>
<p>ある日のお墓参りの帰り、おじいさんはお酒をちびちび飲みながら家に向かっていました。<br />
すると、あちこちから「鬼は外、福は内」と楽しそうな声が聞こえてきます。<br />
「ああ、今日は節分だったか・・」<br />
家族も友達もいないおじいさんは、季節の行事などすっかり忘れていました。<br />
でも、ひとりぼっちのおじいさんは「ワシには関係ないことじゃ」とふてくされ、家に帰ってまたお酒を飲みます。</p>
<p>ところが、周りが楽しくしてる時は特に、ひとりでいることがこたえます。<br />
おじいさんは（昔は、鬼のお面をかぶったり、家族みんなで豆まきをしたりして、にぎやかだったなあ）と思いました。<br />
そんなおじいさんの耳に「鬼は外、福は内」という楽しそうな声がつき刺さってきます。家族でいるよろこびやあたたかさをみせつけるように・・・</p>
<p>「鬼は外、福は内」</p>
<p>耳をふさいでも、お酒を飲んでも、その声が耳や心につき刺さってきます。<br />
だんだんおじいさんは、腹が立ってきました。<br />
そして、<br />
「なにが、『鬼は外、福は内』だ！幸せそうにしやがって！こっちなんか、『鬼は内』だ。そうだ、どんどん来るがいい。鬼はー内、鬼はー内、鬼はー内！」</p>
<p>すると、家の扉が開いて<br />
「お呼びになりましたか」<br />
赤いのがひょっこり顔を出しました。<br />
「お、お前はなんじゃ？」<br />
「わたし、鬼です」<br />
見ると、ツノがあって、肌が赤くて、シマシマパンツで、なるほど、たしかに鬼です。<br />
「鬼が何の用だ」<br />
「今日は節分ですから、どこへ行っても鬼は外鬼は外と追い出されて、困っていたんですよ。でも、いま、あなたが鬼は内とおっしゃったから、『これはありがたい』ということで、おたずねしたんですよ」</p>
<p>おじいさんは気を抜かれてこう言いました。<br />
「ああ・・、それは大変でしたな・・。まあ上がってください。年寄りの一人暮らしでロクなものはありませんが。酒なんかも、もうちょっと用意があればよかったんだが…」<br />
「酒ですか？酒なら、ありますよ。ちょっと待ってくださいな。おーい、お前たち」<br />
鬼が外に呼びかけると、<br />
「どうも」「お邪魔します」<br />
青やら、黄色やら、緑やら、大きいのやら、小さいのやら、いろんな鬼がゾロゾロと入ってきました。</p>
<p>鬼たちはお酒や食べ物を山のように広げ、「さあ、今夜はここで楽しもう！」と宴会がはじまりました。<br />
おじいさんのおちょこにもお酒が注がれます。<br />
「さあ、めしあがってください。」<br />
「やあ、どうもどうも。いや、こうやって誰かにお酌してもらうのも久しぶりのことです。にぎやかなのはいいものですな」</p>
<p>鬼たちはすぐに酔っ払い、歌ったり踊ったりしはじめました。<br />
見ているおじいさんも、だんだん楽しくなって、誘われるまま一緒に踊りだしました。<br />
「いいぞ！」「じいさん日本一！」<br />
鬼たちの掛け声に、おじいさんはすっかりご機嫌になり、宴会は一晩じゅう盛り上がりました。<br />
そして次の朝、鬼たちは来年の節分もまた来ると約束して帰っていきました。</p>
<p>その日もおじいさんは、奥さんと子供のお墓参りに行きました。<br />
そしていつものようにお墓に向かって、つぶやきました。<br />
でも、つぶやく言葉がいつもと違っていました。</p>
<p>「しばらくはがんばって生きてみることにしたよ。そっちに行くのはもうちょっと遅くなりそうじゃ。来年の節分も会おうって鬼たちと約束したからなあ」</p>
<p>お墓参りでは、お墓に向かって語りかけたりすることがあります。つらいこと、うれしいことなどを、相手が生きているかのように語りかけます。こうやって自分の心に整理をつけたり、気持ちを落ち着かせたりするのも、お墓参りの効果ですね。</p>
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		<title>お彼岸のぼたもち</title>
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		<pubDate>Tue, 13 Mar 2012 10:40:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[まもなくお彼岸です。これが過ぎるといよいよ春ですね。 今日はお彼岸に食べられる「ぼたもち」についてお話します。 ぼたもち・おはぎの違いをご存知ですか？ ぼたもちは「牡丹餅」、おはぎは「お萩」と書き、同じものを指しています。 「牡丹は春の植物」「萩は秋の植物」でわかるように、ぼたもちは「春彼岸に供えるもの」、おはぎは「秋彼岸に供えるもの」なんだそうです。 また、「供えるもの」とあるように、これは彼岸に祖先に供えるために作られ、供えることで功徳を積むことにもなります。 ちなみに、春秋だけでなく、夏や冬にも呼び名があるそうなんです。夏は「夜船」、冬は「北窓」というんだそうですよ。 この「ぼたもち」、餅とは言ってますが、餅のように搗かずに、すりこぎで半つぶしにするので「いつ搗いたのかわからない」⇒「搗き知らず」⇒「着き知らず」となり、夜の船はいつ着いたかわからないことから「夜船」。冬は「搗き知らず」⇒「月知らず」となり、北の窓からは月が見えないことから「北窓」なんだそうです。誰が考えたか知りませんが、よく考えたものですね。 あと、ぼたもちとおはぎで、粒あん・こしあんが違うということもご存知でしたか。 あんの材料「小豆」は秋彼岸時期に収穫されます。収穫直後の小豆は皮が柔らかく皮ごとつぶしてあんが作れるので「粒あん」になります。逆に春彼岸時期には冬を越した小豆を使うことになるので皮が硬く、皮を取り除いてつくるため「こしあん」になるのだそうです。 だから、ぼたもちはこしあん、おはぎは粒あんということになりますね。（ただしこれは地域によって違うそうです） 今年はぼたもちを墓前に供えてみてはいかがでしょうか？そしてお下がりをいただいてみてください。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>まもなくお彼岸です。これが過ぎるといよいよ春ですね。<br />
今日はお彼岸に食べられる「ぼたもち」についてお話します。</p>
<p>ぼたもち・おはぎの違いをご存知ですか？<br />
ぼたもちは「牡丹餅」、おはぎは「お萩」と書き、同じものを指しています。<br />
「牡丹は春の植物」「萩は秋の植物」でわかるように、ぼたもちは「春彼岸に供えるもの」、おはぎは「秋彼岸に供えるもの」なんだそうです。<br />
また、「供えるもの」とあるように、これは彼岸に祖先に供えるために作られ、供えることで功徳を積むことにもなります。</p>
<p>ちなみに、春秋だけでなく、夏や冬にも呼び名があるそうなんです。夏は「夜船」、冬は「北窓」というんだそうですよ。<br />
この「ぼたもち」、餅とは言ってますが、餅のように搗かずに、すりこぎで半つぶしにするので「いつ搗いたのかわからない」⇒「搗き知らず」⇒「着き知らず」となり、夜の船はいつ着いたかわからないことから「夜船」。冬は「搗き知らず」⇒「月知らず」となり、北の窓からは月が見えないことから「北窓」なんだそうです。誰が考えたか知りませんが、よく考えたものですね。</p>
<p>あと、ぼたもちとおはぎで、粒あん・こしあんが違うということもご存知でしたか。<br />
あんの材料「小豆」は秋彼岸時期に収穫されます。収穫直後の小豆は皮が柔らかく皮ごとつぶしてあんが作れるので「粒あん」になります。逆に春彼岸時期には冬を越した小豆を使うことになるので皮が硬く、皮を取り除いてつくるため「こしあん」になるのだそうです。<br />
だから、ぼたもちはこしあん、おはぎは粒あんということになりますね。（ただしこれは地域によって違うそうです）</p>
<p>今年はぼたもちを墓前に供えてみてはいかがでしょうか？そしてお下がりをいただいてみてください。</p>
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		<title>シロネズミの碑</title>
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		<pubDate>Wed, 07 Mar 2012 06:41:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yuuseki</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[日本のがん研究・がん治療機関の最高峰の一つとして知られている「がん研究会」に属する「がん研究所」の所長であった、病理学者故吉田富三博士は1960年代当時、実験腫瘍学の権威であったそうです。 こう申し上げておきながらなんですが、わたくしはこの方をよく存じ上げません。 ただ、吉田博士について申し上げたのは、博士のお墓の隣にシロネズミの碑があるということを知ったからです。 博士は、ラット腹水癌である「吉田肉腫」や「腹水肝癌」を発見しただけあって、数多くのラット（ねずみ）を扱ってこられました。 そして、ネズミたちには大変愛着があったのだと思います。 その証拠がこの碑です。 自分たちが使用した実験動物たちの慰霊碑をたてることがご本人の生前の希望であったようで、この碑を建立したのはご遺族やお弟子さんであったろうと思われます。 下記の碑文は、先生直筆の文を基に彫刻されているようです。 『シロネズミの碑 アゾ色素肝癌、吉田肉腫、腹水肝癌などの研究に手をかけてその命を絶ちたるシロネズミの数知れず、不有会員はみな心の奥にシロネズミのあの赤い眼の色を抱く。モルモット、ウサギ、ハツカネズミそのほか鳥の類まで手にかけたる命への思いは同じ、ふと現れてまた消え行きたるこれら物言わぬ生類の幻の命も命に変わりあるべしとは思へず、あはれ生ある者の命よと念じて此碑を建つ 昭和四十八年秋　　不有會　代表 古希　吉田富三　識す』 研究のためとはいえ、みな命は同じ。大変胸を痛めておられたのではないでしょうか。 なお、この碑は東京駒込の吉祥寺というお寺にあるそうです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>日本のがん研究・がん治療機関の最高峰の一つとして知られている「がん研究会」に属する「がん研究所」の所長であった、病理学者故吉田富三博士は1960年代当時、実験腫瘍学の権威であったそうです。</p>
<p>こう申し上げておきながらなんですが、わたくしはこの方をよく存じ上げません。<br />
ただ、吉田博士について申し上げたのは、博士のお墓の隣にシロネズミの碑があるということを知ったからです。</p>
<p>博士は、ラット腹水癌である「吉田肉腫」や「腹水肝癌」を発見しただけあって、数多くのラット（ねずみ）を扱ってこられました。<br />
そして、ネズミたちには大変愛着があったのだと思います。<br />
その証拠がこの碑です。<br />
自分たちが使用した実験動物たちの慰霊碑をたてることがご本人の生前の希望であったようで、この碑を建立したのはご遺族やお弟子さんであったろうと思われます。<br />
下記の碑文は、先生直筆の文を基に彫刻されているようです。</p>
<p>『シロネズミの碑<br />
アゾ色素肝癌、吉田肉腫、腹水肝癌などの研究に手をかけてその命を絶ちたるシロネズミの数知れず、不有会員はみな心の奥にシロネズミのあの赤い眼の色を抱く。モルモット、ウサギ、ハツカネズミそのほか鳥の類まで手にかけたる命への思いは同じ、ふと現れてまた消え行きたるこれら物言わぬ生類の幻の命も命に変わりあるべしとは思へず、あはれ生ある者の命よと念じて此碑を建つ<br />
昭和四十八年秋　　不有會　代表<br />
古希　吉田富三　識す』</p>
<p>研究のためとはいえ、みな命は同じ。大変胸を痛めておられたのではないでしょうか。</p>
<p>なお、この碑は東京駒込の吉祥寺というお寺にあるそうです。</p>
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